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弘法大師も修行した? 冨士浅間神社(須走浅間神社)

富士山世界文化遺産10

弘法大師と言えばあの空海です。大和武尊とかとは違う意味で凄い人が出てきますね。

 

冨士浅間神社(須走浅間神社)

冨士浅間神社

冨士浅間神社

※この時、何を思ったのかカメラの設定を間違っていて、ちゃんとした写真がほぼ撮れていなくて辛いです。何でだろう? もう一度こちらへ足を運べといわれているのかしら?

随感

平安時代、延暦21年(802年)に富士山の東側が噴火しました。
それを沈めようと斎場を設け鎮火祭を行いましたところ見事に収まりました。
その跡地に社殿を建築し神様をお祭りしたのがここ富士浅間神社の始まりとされております。

またかの弘法大師がここで修行を行い富士山に登ったとの伝承があり、昔は弘法寺浅間宮とも呼ばれていたとあります。弘法大師といえば真言宗を開いたあの空海のことですね。高野山の奥の院に今もおられるあのお方です。

富士浅間神社は東口本宮冨士浅間神社とも呼ばれており、かつては浅間大社、村山と並び富士山頂の権利を有していたというのですからその影響力は並々ならぬものだったことが伺えます。また鳥居から東に延びる道もかつては門前町で栄えたのではないかと思わせる雰囲気があり、それを裏付けているようです。

こちらも宝永4年(1707年)の大噴火の被害を被りました。しかしこちらは須山とはまったく異なる経緯となりました。
須山浅間神社は登山道も失うなど甚大な被害に見舞われ復旧に苦労することとなりましたが、皮肉なことにこちらは宝永大噴火は人々に富士山の存在を強く印象図けることとなり、こちらの神社には噴火の翌年には復興した須走村に富士山参詣の人々が押し寄せたそうです。

富士山に対する畏れは勿論のこと野次馬根性もあったかもしれません。喧嘩と花火は江戸の花ではありませんが、江戸を初めとして多くの人がみんな富士山に興味を持って押し寄せて来ました。
須走村の農民などは作物が作れなくなってしまったのでこれ幸いとそれらの人々を客とし一稼ぎしようと御師の真似事をして熾烈な客引きをしたりとなかなか混乱したようです。想像するとちょっと面白いですが被災したこと思うと笑ってもいられませんね。もちろん最後は神社や領主によって収められました。

その後、造営が行われ社殿などは現在もその当時のまま受け継がれています。
社殿も楼門もとてもどっしりとした作りでありながら朱塗りで艶やかです。その色が参道を囲む大きな杉ととても似合っていて美しくも威厳を感じます。始めて訪れる方はできることなら正面の鳥居を潜り参道を進んで詣でることをお勧めします。

参道を進みますと一風変わった狛犬が迎えてくれます。溶岩の岩肌に載った狛犬は珍しいですね。右の狛犬は子供の狛犬と遊んでいるようでとても微笑ましく躍動的です。あっ、それとも「獅子は千尋の谷に子を突き落とす」のシーンだったのでしょうか? うむ、わかりませんね。でもとりあえず「カワイイは正義」ということで微笑ましく親子で遊んでいるところだと勝手に思っておきましょう。事実が知りたい方はご自分でお調べください(丸投げ)

その先の朱塗りの楼門もとても立派です。そこを潜り進むと神域に入ったような厳かな気持ちになれます。拝殿前の御神木もとても立派で逞しく生命力を感じます。
帰りは参道を戻らずに脇の木立の中を歩くと天気が好ければ木漏れ日が降り注ぎ、足許には流れるせせらぎが心地好い音を響かせてくれて気持ち良く歩けます。

根上がりもみ

根上がりもみ

※縁結びは横に置いておくとしても、こちらの木の根元の立派さは素晴らしいです。巨木が好きな方はぜひ見てください。


またこちらの境内には県指定の天然記念物の「はるにれ」の木がありますが、こちらの木は北海道以外では一番の大きさではないかとも云われるものです。また少し変わったものとして「根上がりもみ」と呼ばれる木もありこちらは縁結びの木として知られています。まぁ、縁結びはともかく貫禄のあるとても素晴らしい姿をした木ですね。

基本情報

地図 


社殿の裏の方に大きな無料駐車場があります(上の写真はそちらから本殿に向かう参道のものです)
また東の参道の始まる鳥居の近くにも数台分の無料駐車スペースがあります。

 

富士山東口本宮・須走口登山道 冨士浅間神社
〒410-1431 静岡県駿東郡小山町須走126番地
TEL:0550-75-2038

アクセス

・新東名高速道路「御殿場JCT」より国道138号線を富士山・山梨県方面へ約30分
・中央自動車道接続・東富士五湖道路「須走IC」より市街方面へ約1分

 

引用元 富士山東口本宮・須走口登山道 冨士浅間神社(世界文化遺産「富士山」構成資産)|公式サイト