修善寺誕生
大同2年(807)のことです。
桂川のほとりで孝行ものの息子が病に苦しむ父をいたわり川の水で体を洗っていました。そこに弘法大師が通りかかり、親子の姿を目撃するといたく感動して「川の水では冷たかろう」と声をました。そして手にしていた独鈷で川の中の岩を打ちましたところ、何と霊泉が沸出したのです。
親子は弘法大師の勧めに従い通り湧き出た湯に浸かります。すると数十年も苦しみにあった父の病のはあっという間に癒えて元気を取り戻したそうです。
独鈷の湯が湧き出ると知ると、人々は病気平癒の願いこめてここ修善寺に温泉療養のために沢山の人が訪れるようになりました。そして当初は独鈷の湯だけだったのが、桂川沿いに外湯が増やされ最盛期には、稚児の湯、川原湯、筥湯、新湯、滝の湯、石湯、寺の湯、杉の湯と全部で9つまで増えたそうです。
その後は温泉宿も増えて今の修善寺の街に繋がっていきます。
こちらでは伊豆半島ではこの弘法大師が開いた独鈷の湯が一番古い温泉として語られているそうです。
ただ当時、すでに熱海の走り湯や大間欠泉があったことを考えると一概に納得できないものもありますが、もしかしすると一般庶民の間で湯治場としての温泉施設として発達したのがこちらの方が早かったのかもしれませんね。
- 修善寺誕生
- 修善寺ぷらぷら
- 360°ビュースポット 筺湯 仰空楼(ぎょうくうろう)
- 虎渓橋は恋愛成就のパワースポット
- 生命力の溢れる日枝神社
- 歴史遺産なとっこの湯
- 紅く燃える桂橋
- 涼やかな竹林の小径(混んでなければw)
- 紅葉が揺れる楓橋
- ギャラリーしゅぜんじ回廊に天才現る!
- 赤蛙公園とトイレと
- 伊豆最古の木造建築 指月殿
- 頼家のお墓とお伺い石と十三士の墓
- 独鈷の湯公園に新設「リバーサイドテラス 杉の湯」
- 修善寺周辺の基本情報
修善寺ぷらぷら
出発点は駐車場
前回の記事(駐車場と修禅寺と奥の院)にてお勧めした駐車場を起点にします。観光コースの参考などにしてください
車を駐めましたら河沿いに中心部に向かいましょう。
まず道路を挟んで向かいにある塔のようなものが付属した建物が筺湯となります。
360°ビュースポット 筺湯 仰空楼(ぎょうくうろう)
かつて河原沿いに9つの外湯があったそうですが、昭和20年代には独鈷(とっこ)の湯だけになってしまったそうです。
その往時の姿を偲ばせるためにこちらの筺湯を復活させたそうです。
二代将軍源頼家は修禅寺に幽閉され筥湯に入浴中に北条氏側の間者により暗殺されたそうですが、こちらの筺湯は近年に再建されたものですので直接的な関わりはないでしょう。心霊スポットではないと思いますよw
話は逸れますが頼家と言えば、人穴の記事で富士の巻き狩りの際に家臣の仁田四郎忠常に人穴の探査を命じられた話が出てきましたね。いろいろと繋がりがあって面白いです。
こちらは日帰り湯をやっています。正午からの開店で内湯のみの簡単な造りのお風呂です。その為利用料金はリーズナブルで一般(小学生以上)は350円、旅館組合加盟旅館宿泊者150円と格安です。散策後に軽く汗を流すのに良いかもしれませんね。
でも今は温泉よりも付属する建物に注目です。
こちらの筺湯の入口脇には仰空楼(ぎょうくうろう)と名付けられた展望櫓が建っています。名前は修善寺を愛した文豪、夏目漱石の漢詩にちなんで付けられたそうです。因みに漱石が療養していた宿は東側の湯回廊「菊屋」ですね。
※写真は展望台からの修禅寺やとっこの湯方面を眺めたところです。
こちらの施設は無料で上がれます。入口を潜ると靴脱ぎ場ですので、間違って土足で上がらないように気を付けてください。階段は狭くちょっと上り下りし難いです。紹介しておいて何ですが、正直なところ足が悪い方など階段が不得手な方が無理をして登るほどの見晴らしではないです。余裕のある方、興味ある方は登ってみましょう。
上は一周ぐるりと巡ることができる造りになってますので360度の視界が楽しめますよ。
虎渓橋は恋愛成就のパワースポット
※修禅寺山門付近には人がいないように見えますが、実際には完全に人が途切れることは無くて撮影は難しいです。それにしても電線が煩いですね、なんとか隠せないものなのでしょうか。
仰空楼を出てそのまま直進。突き当たりを右に向くと赤い欄干の橋があります。
こちらが虎渓橋です。虎渓橋はまさに修善寺の中心です。街を貫く桂川に架かり修禅寺の真正面となる橋です。
橋の上は視界が開けていて、川を見れば修善寺発祥の独鈷の湯があるのが見えます。他にも見渡せばお土産物屋や食事処などもあり、 観光客がたくさんいるのが見渡せます。
また虎渓橋は別名を「あこがれ橋」と呼び、恋愛成就のスポットで意中の相手のことを強く思いながら渡るとお近づきになれるかもしれないといわれています。
因みに一つ下の橋は渡月橋で、別名は「みそめ橋」であり良縁祈願のスポットで、素敵な縁を引き寄せるそうですよ。
橋を渡りますと道路を挟んで正面が修禅寺です。けっこう車が通りますので気を付けて渡ってください。
尚、修禅寺については前の記事で駐車場と共に紹介していますので今回は簡略化して書きません。興味のある方はそちらの記事を読んでください。
修禅寺の山門を出ますと階段上から独鈷湯が見えますので自然と足がそちらを向きますがここはぐっと堪えてくださいw
道路に降りまして左に行きます。渡月橋を通り過ぎて道幅の狭い一方通行に入りますとすぐに左に鳥居が現れます。
こちらが次の目的地、日枝神社です。
生命力の溢れる日枝神社
参道を覗き込むとその周囲の狭苦しい雰囲気を吹き飛ばすかのように、この場所に似付かわしくないような巨木が並んでいていて驚かされます。視線は木の大きさに吸い込まれるように上に向かい、参道先の階段の向こうに本殿の屋根の一部を見て取ることになります。
何でこんな所にこれ程の木が生えているのかと訝しくも思いますが、よくよく考えればむしろ木の方が先であとから周囲に建物と街ができたであろうと思い至りました。
スケール感が狂ったような巨木の並ぶ参道を進み階段に足をかける頃にはもう境内にさらに幾本もの巨木がそそり立っているのが嫌でも目に入ります。
こちら日枝神社は空海が大同2年(807)に創建した「山王社」がその始まりであると伝わっています。こちらは修禅寺の鬼門に当たりましたのでそれから守護すべくこの位置に鎮座したようですね。
かつては修禅寺の鎮守として据えられましたが、いつもおなじみの明治時代の神仏分離令により分離することを余儀なくされました。その為、本当に塀一枚向こうは修禅寺の敷地であり、境内からちょうど庭を覗くことができます。
そんな理由から、はじめは修禅寺の記事で一緒にしようと思ったのですが、こちらは本来同じはずなのに余りに雰囲気に違いを感じてしまったもので、ここはここで独立したパワースポットとして扱いたくなってしまい、切り離してしまいました。
先に進みまして拝殿の左すぐ脇に聳え、根元が一つになっている見上げるほど背が高い杉の木は樹齢800年の「子宝の杉」です。名前の示すとおり子宝祈願のパワースポットです。以前は階段が架かっていて杉の間を通れたのですが、今は保護のためか取り払われてしまっていますね。残念ですがしかたありません。
拝殿の右手側には社務所と少し高い場所に注連縄を締めた巨木があります。こちらの木が県の天然記念物になっている「一位樫」です。根周り5.5m、高さ25mもあり、こちらも見上げるほど大きいです。
こちらの木は小高い場所から生えていますが、脇の方から上に登れる道があり直に触れることもできます。溢れ出る生命力を直接吸収してみていください、パワーが漲ること間違いなしですよ。
日枝神社は敷地面積の割りに縦に高すぎです、おかげで写真が撮り難いですw でもおっきな木って好きなんですよ、こちらは個人的に大変お気に入りです。
社務所もあり宮司さんも居りましたので御朱印も頂けるでしょう。
※実際はかなりの迫力なのですがこの写真だと大きさが分かり辛いですね。
お勧めの駐車場から筺湯の仰空楼をパスして渡月橋を渡ってこちらに来る道のりも有りかと思います。筺湯の仰空楼は車に戻るときに寄ることも可能ですからね。
歴史遺産なとっこの湯
※本来は河床の高さのはずなのでしょうが、災害対策のために盛り盛りですなw
さて来た路を引き返します。河沿いに進みまして修禅寺前を通過しますとポケットパークが整備されていて足湯が設置されています。かつてこの付近にあった温泉にちなんで「河原湯」と名付けられています。
その脇から河原へ続く道があります。その先にあるのが修善寺温泉発祥の地「独鈷(とっこ)の湯」です。
まぁ、実際のところ台風の被害なのでとっこの湯は度々流されて壊れています。川の中だからしょうがないですね。そして今の位置となっているようですよ。
修善寺温泉の泉質はアルカリ性単純温泉で、神経痛・筋肉痛・関節痛・五十肩・運動麻痺・関節のこわばり・うちみ・くじき・慢性消化器病・痔疾・冷え性・病後回復期・疲労回復・健康増進などに効能があるそうです。
とりあえず修善寺を訪れたのならこことっこの湯に足を浸けたいですね。以前はとっこの湯で入浴していた人もいたみたいですが……今の姿ではとてもとてもw
さ、足を拭って歩きましょう。河沿いの道を歩きます。ここが一つの山場ですね。訪れたときは紅葉のシーズンでしたので歩道の脇には色とりどりの紅葉が美しかったです。
川の反対側に迫る壁は「新井旅館」です。明治5年創業で現在では客室棟や浴場など15棟の建物が国の登録有形文化財に登録されている文化財の宿で知られている宿です。こちらは昼食付きの日帰り湯などもやっていますので時間のある方は歴史的な建物を堪能してみてください。余所ではなかなか味わえない風情を感じることができますよ。
外部リンク
伊豆修善寺温泉 新貸切風呂 文化財の宿 新井旅館【公式HP】
紅く燃える桂橋
さて、紅葉越しに赤い橋が見えてきました。
※素晴らしい色ですね。思い出すだけでも溜息が出ます。ただやはり人気があるので人が切れずに撮影は難しいです。
こちらが桂橋です。修善寺の景色を代表する橋ですね。燃えるような紅葉と橋が素晴らしい景観です。まさに写真を撮りたくなるスポットで秋の修善寺を訪れたのなら絶対に見逃したくない景色です。もちろん秋は最高なのですが、新緑の季節も若葉の活き活きとした緑と橋の赤色のコントラストがこれまた別の趣を与えてくれてなかなかなのものだと思います。
ただし、良い時期にはやっぱり同じ気持ちで見逃したくない人がたくさん訪れますのでとても混みます。写真を撮るために人が切れるのを待っていても無理ですね。そんな偶然に出合えたのなら奇蹟だと思いますよ。
桂橋の別名は「結ばれ橋」。子宝祈願のスポットで、妊活中の方や、出産予定のお子さんの健康祈願に効果のあるスポットです。
涼やかな竹林の小径(混んでなければw)
桂橋を渡りますと道を右に折れます。
※人が多すぎて道は写せません。今回は上向きに写真撮影して済ませていますw いつかチャレンジですね。
そこが竹林の小径となっています。背の高い、高さ15メートル位でしょうか、竹が密集して通りの両側に生えています。なかなか素敵な雰囲気なのですが、とにかく人が多いw 歩けないほどとは言いませんが、写真を撮るに困るくらいには十分な人がいます。特に真ん中のベンチ付近には、草臥れて休んでいるのか、動かない人たちがまとまっていますので、まず人が途切れることはないでしょう。
こちらを堪能したいのなら、人の少ない時期や時間を考慮した方が良さそうですね。幸い、竹は一年を通して緑ですし、竹藪の中は薄暗いのが普通ですので時間も余り気にしたくて良いのかもしれません。
紅葉が揺れる楓橋
竹林の小径を抜けますと今度は右手に再び朱く塗られた橋が現れます。こちらは楓橋になります。
こちらの方が桂橋に比べましても名の由来となっている楓の木が橋に被さるくらい近くにあって楽しめます。ただ訪れた時期にはこちら付近は少しだけ紅葉の見頃から早いような感じでした。そんなに離れてはいませんが中心部よりも少し遅いのかもしれません。ちょっと残念でした。
もちろんこちらの橋にもご利益があります。楓橋の別名は「寄り添い橋」、結婚祈願のスポットです。もう結婚したい人はここに行くしかありませ
んね。相手が決まっているなら特に。ここで相手が逃げるようなら……
ギャラリーしゅぜんじ回廊に天才現る!
楓橋を渡りまして小径は左に折れます。すこし先の左には「ギャラリーしゅぜんじ回廊」があります。
こちらは名前通り本当に回廊だけで構成されている造りで建物内なのか外なのか判然としないところが面白いです。
ただ今回紹介したのには個人的なわけがあります。実は訪れたこの日、こちらでは秋の修善寺の写真を展示していました。眺めていたところ、おねーさま方の一団が。その内の一人がスマホで飾られている写真を撮り始めました。他の方は写真を撮ってどうするのと笑い出します。それはそうでしょう、目前に本物があるのにわざわざ写真を写真に撮るのですから。しかし撮っている方は、どうせ上手く写真を撮れないからこれを撮る方が良い、と応えていました。
天才か!!www
写真を撮るのが好きで当たり前の自分には目から鱗が落ちる思いでした。
確かに展示してある写真を撮るためにはその時その場所で、時期や時間を合わせなければ撮れそうにないものもありました。それをお手軽に写真に撮れるのですから凄いですよ、その発想はありませんでした。衝撃と共に思わず納得していまいそうになりましたが……ん、やっぱりそれは違いますよね? ただ余りにも記憶に鮮明でしたので、たぶんここを訪れる度に思い出してしまうでしょう。
赤蛙公園とトイレと
ギャラリーを過ぎますと小径は真っ直ぐと進んで通りへと出ます。通りの向かいには観光バス用の駐車場があります。こちらにはトイレもありますので利用したい方はこちらでどうぞ。またその左側河沿いには赤蛙公園があります。
変わった名前の公園ですが、こちらは修善寺で病気療養中の島木健作がこの場所で桂川の中州から向こう岸に渡ろうとする一匹の赤蛙を目にしたことを題材に短編「赤蛙」を執筆したことから付けられた名前です。
ビオトープがあるくらいですが5月下旬から6月上旬にはこちらで蛍を見ることもできるようですね。
散策路の出口脇には「おばあちゃん手作りの店」とういうお店もあります。手作りの漬け物など売っているちいさなお店なのですが、テレビ番組のヒルナンデスで紹介されたこともあるようですね。興味のある方はどうぞ。
川に向かいますとこちらに修善寺最後の橋となる滝下橋が架かっています。こちらは車が通行する橋で、景色も特別なものではないので正直なところ期待しない方が良いと思います。でもこちらの滝下橋にももちろん別名が付けられていて「安らぎ橋」といい、夫婦円満の願いが叶うと言われているそうですよ。
これで一応、散策路の端まで来ましたのでここで引き返します。
来た道を引き返しても良いですし、滝下橋を渡って左に曲がって行くこともできます。因みにこちらに行きますと、あの超有名な創業五百年以上を誇る旅館「あさば」があります。「西の玉の湯、京の俵屋、東のあさば」と言われるほどその名は世間に知られています。
正坦な佇まいの建物とお庭があり、旧大聖寺藩主、前田利鬯子爵より寄進された能舞台「月桂殿」では能楽、狂言等を季節に応じた演目を公演しています。
溜息が出るほど素晴らしい空間ですが、料金も溜息が出ますよねw
ただ値段相応のものは頂けると思います。一つ気を付けないといけないのは、このような旅館に一般的な絢爛や豪奢さを求めると、もの足りなく感じて期待はずれになります。その辺を踏まえないとせっかく訪れたのに勿体ない事になります。
あさばを右手にそのまま進みますと食事処が幾つかありますから休憩がてらお腹を満たしても良いでしょう。
伊豆最古の木造建築 指月殿
竹林の小径を戻った方は桂橋のところで橋と反対方向に向かって一般道へ出てください。こちらであさば経由の方とも同じ道になります。
道なりに歩きますと右側に細い脇道があり「指月殿」の案内がありますのでそこで道を折れます。
そのまま進みますとこれから向かう「指月殿」です。
※この付近は山陰のためか紅葉が遅めでしたね。
位置的には桂川を挟んで修禅寺と相対する位置に建っています。
筺湯で鎌倉幕府二代将軍源頼家がこの修善寺で暗殺された話が出てきましたが、その頼家の冥福を祈って母、北条政子が修禅寺に寄進した経堂で、伊豆最古の木造建築物なのだそうです。言われてみればなかなか古びていて貫禄があるのを感じられる佇まいです。
指月とは経典を意味しているそうで、こちらには政子により鎌倉から五、六千巻にも及ぶ教典が寄進され保管されていたようですが、その大半は現在では散逸してしまい、いまでは僅か八巻しか残っていません。
そのうちの「放光般若波羅密経・巻第二十三」が静岡県指定の文化財として修禅寺宝物館に収められています。
こちには見事な本尊の釈迦如来像がありますが、杉を中心にした寄木造りで高さ203センチもあるそうで、伊豆では最大級ではないでしょうか。また古いわりに状態が良いと思ったのですが、どうやらこちらの本尊は修禅寺の山門に収められた金剛力士像と共に昭和に入ってから修復が為されているみたいです。
この釈迦如来像は写真で確認できるように右手に蓮の花を持っていますが、これは禅宗式と言うそうで、これもまた珍しい形です。
これは「拈華微笑(ねんげびしょう)」の故事に基づいているとのことで、その故事とは「ある時、お釈迦様は、弟子達の前で一輪の花を拈って示しましたが、摩訶迦葉だけがその意味を悟り微笑み、お釈迦様から以心伝心の法脈を伝授されました」というもののようです。
頼家のお墓とお伺い石と十三士の墓
指月殿の左手には少し開けた場所があります。
山に向かって中央あたりに石段がありますがその奥に源頼家のお墓があります。
筺湯、指月殿と続いて登場している源頼家ですが、鎌倉に武家の都を築いた源頼朝を父とし北条政子を母として生まれました。そして18歳の時に頼朝の死により鎌倉幕府第二代将軍の地位に就くことになります。
吾妻鏡では頼家は暗君として描かれていますが、正直なところ北条氏の編纂ですので何とも言い難いものがあります。そもそも絶対権力者であった頼朝を失った鎌倉政権はその権力を手に入れたい者たちが蠢く魔窟と化していたであろうことは想像に難くありません。
頼家にしても将軍職について僅か三ヶ月で北条氏などの有力御家人による十三人の合議制によって力を奪われています。むしろ若くてやる気があってもこれでは逆に腐ってしまうのも止むなしだったのかもしれません。
まあ、そんなこんなでごたごたが続き頼家も暗中模索の中で誰も信用できなくなり、悪手を連発して将軍職から失脚して隠棲することとなっ たこの修善寺で暗殺されることとなったわけですね。その為ここにお墓があるというわけです。
正面に立っている石柱は元禄16年(1703)の頼家500回忌の際に(時間の観念がおかしくなりそう)、時の修禅寺住職が建てた記念碑だそうです。本当の墓は記念碑の裏にある小さなもので、お墓はこの石の裏にある二基の小さな五輪宝刀の方だそうです。
こちら源頼家のお墓のには古くから「お伺い石」という石があったそうです。石には不思議な力があり、願いをかけて石を持ち上げると、叶う者には軽く持ち上がり、叶わぬ者にはずっしり重く感じられると伝わっていました。それがどんな謂われで発祥したものなのかはちょっと調べてみても分かりませんでした。
しかしその存在は先の戦争を挟んで薄れてしまったみたいす。それを2017年にリニューアルして頼家のお墓の前に設置したようです。
因みに自分はまず構造を見て、石が下の金属の棒と繋がっているのを確認して、これは動かないだろうと想像して引っこ抜くくらいの気持で思い切り持ち上げてみたら呆気なく持ち上がって拍子抜けしてしまいました。ただ残念なことに確認することに夢中で何にも願掛けしていませんでしたw 凄く勿体ないことをしたと後悔しましたがあとの祭りです。ただ逆に余りに無欲だったので簡単に持ち上がったのかもしれませんねw
広場の左手突き当たりには十三士の墓があります。
頼家の家臣十三人が、頼家が殺害された6日後に再起を期して反乱を企てたましたが、挙兵前に発見され殺されてしまいました。その家臣の霊を祀ってあるそうです。
以前はもう少し離れた場所にありましたが台風被害の影響で2005年に主のお膝元であるこの場所に移転されたようです。
さて指月殿を後にして通りまで戻ります。
通りに出ますとすぐ向かいに公園が開けているのが分かるでしょう。そこが独鈷の湯公園です。
独鈷の湯公園に新設「リバーサイドテラス 杉の湯」
独鈷の湯公園は名前にある通りに独鈷の湯の目の前にある公園です。虎渓橋の袂ですね。ここで修善寺の散策路を巡る中心的な観光地を巡ってきたことになります。
そしてこちらの公園には2018年11月に新しく「「リバーサイドテラス 杉の湯」が設置されました。杉の湯という名称は、こちらもかつてあった外湯の名から取られています。これで筺湯を抜かすと足湯ばかりですが4つの外湯が復活したことになります。もしかすると修善寺は最終的には全ての外湯を復活する気なのでしょうかね?
こちらの公園側は対岸よりも少しだけ小高く、対岸に修禅寺があり、すぐ下に流れる桂川に独鈷の湯を見下ろすことができる好立地な場所です。その桂川沿いに「リバーサイドテラス 杉の湯」という足湯が設置されました。足湯の横幅は5.6mで深さ約25cmで白い人工大理石のテーブルが付いていてゆっくりと過ごすことができ、夜は下からライトアップされて幻想的な雰囲気になります。対岸の足湯「河原湯」よりも広くて見晴らしも良いですよ。
そして贅沢なことに修善寺の中心、桂川の川縁で足湯に浸かりながらお弁当を食べるなんてことができてしまうんですよね。ぜひ利用してみてください。まだ作り立てなので本当に綺麗です。
一回り散策したらこちらで寛いで近所のお店でお土産など買って車に戻るといいのではないでしょうか?
今回はここまでです。色々書きましたがそれ程広い地区ではないのでわりと簡単に散策できるものと思います。この他にも幾つか修善寺の観光にお勧めのスポットはありますので、それはまた次の記事に纏めてみたいと思います。
修善寺周辺の基本情報
地図
近隣からのアクセスと駐車場
修禅寺道路から修禅寺ICで降りて信号機を修善寺方面へ左折。後は道なりに進みますと修禅寺の市街地に到着します。
駐車場については前の記事を参照してください。
公式情報
土曜、日曜、祝日等の交通量が増えると予想される時には下記事項にご留意頂き、ご協力下さいますようお願い申し上げます。
①添付地図青斜線部分は道路が狭いので、数ヵ所で車両の擦れ違いができません。
②修善寺温泉にお車でお越しの際は「一方通行(西進)」からお越し下さい。
※但し、旅館により別ル-トをご案内している施設もありますので、宿泊のお客様は各旅館にご確認下さい。③お帰りの際は、「一方通行(東進)」からお帰り下さい。
※但し、小山駐車場及びその周辺からお帰りの方は、地図中の緑矢印方向の車幅が広く、走行しやすいので、こちらからお帰り下さい。ご協力、よろしくお願いいたします。
外部リンク